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90s'ジョンロブCL期アードリジ対応SIZE;オールデン990 7-7.5,エドワードグリーン7-7.5,パラブーツ6.5-7,jm westonウエストン180 6.5-7

拍賣 時尚流行 男鞋 其他

商品説明

[ 翻譯 ]


今回の終了日時は、日曜日ではなく、9月24日(月曜日)となります。ご注意ください。



タイトル中参考サイズとして、定番モデルやラストから、この出品靴のサイズ感に近いものを挙げています。

あくまでも参考になりますので、詳細につきましてはご質問頂けますと幸いです。

なお、健康上の理由やコレクション目的等で、幅広いサイズの靴を所有しておりますので、その他の出品も是非ご覧ください。




―― コレクションを手放し、思想を残す。



わたしは、著作家・元スタイリストの革靴収集家でございます。


約50年世界を巡り、ストックは1,200足。


世界最高峰の靴職人たちの技術・情熱が、何十年もかけて結晶した我がコレクション。


これを残したまま、この世を去るわけにはいかない。


朽ちさせるわけにはいかない。


そして私は、そこにコレクターとして関わってきた人間として、"結晶" への想いを残さねばならない。



『コレクションを手放し、思想を残す。』


これが私の"終活"。


お付き合い頂けますと幸いです。


なお、現在日本で買えない靴(特にオーダー、ビスポーク、ヴィンテージ)を中心に出品致します。


皆様と同じ立場、履き手の立場の人間だからこそ出来ることを精一杯やりますので、何卒よろしくお願い申し上げます。










































ヴィンテージのアードリジ。


網状層プレメンテナンスを施し、プレメンテナンスの過程で20分程、テスト歩行致しました。





『ゲオルグ・マテルナを見た』



下記に再掲した前回のコラム『限りなく幻に近い有形価値財コレクション』において、かつては、ブルックスやジョンロブからWAM受注を受ける事で各工房が有形価値創造力を高めており、90年代までは西欧靴勢も品質の高い靴を生産していたことを議論している。


私はジョンロブを評価しているが、それは、直接的に靴を作る能力、すなわちジョンロブネームの靴自体を評してのことではない。


良くも悪くも業界を牛耳るものとして、各主体(タンナーや工房、流通業者等)をまとめるコンダクターとしての能力を評してのことだ。


ジョンロブが持つ強い権力が悪く働く事も多々あるのだが、WAM発注・企画において各工房を育てた点は実に素晴らしい。



この作品は、ジョンロブを生産していた頃のアードリジである。


ジョンロブコテージラインは、西欧の有形価値愛好家が東欧靴に流れつつあった状況を打開すべく生まれたとも考えられている。


そして、その生産においては軍用靴を源流とする東欧靴哲学を取り入れようと模索したそうだ。

(英国靴哲学、東欧靴哲学の詳細はディンケラッカーの各ページで論じている。)


そこで目を付けたのが、フランスで軍靴を生産していたアードリジ。


彼らのタフネス・コンフォート創造力にドレススタイルを加えて、東欧高級靴に対抗しようとした。


アードリジは、ジョンロブの強い力の傘下にあって、一気に高級靴作りのノウハウも追加的に蓄積していった。



今回はこの出品靴の他に、東欧靴界の重厚な作品を揃えている。


その中にありながら、しかもただでさえ弱く華奢に見られがちなローファーでありながら、彼らの強さに一切押されていないのがお分かりいただけるだろう。


軍用靴生産のノウハウをジョンロブが高め切った賜物である。


また、この靴をご覧になり、その出で立ちを東欧ビスポークのようだと感じた方がいらっしゃることでしょう。


現にこれを見た私の知人は、初見でゲオルグ・マテルナの様だと言った。



このジョンロブCL期のアードリジは、ローファーが持つ、あるいはフレンチカジュアルがもつ "抜け感" と、東欧靴哲学に学び軍用靴生産で培った技術による "強さ" を併せ持っている。


ディンケラッカーに欠けたものがあるとするならば "抜け感" だが、それを実現してくれる靴はワードローブにマストである。


しかしながら、抜け感のある靴は、総じて弱い。


だが、この一般則に対する靴が、軍靴生産に長けたアードリジとジョンロブによって実現した。


抜け感と強さを同時実現した例外的傑作である。




【重要】


下記で再掲するコラムは、前回出品したブルックスネーム、ジョンロブネームのためのコラムである。


そのために、あくまでも参考資料として考えて頂きたい。


しかし、この靴を深く知る上でも、また他の靴をを深く知る上でも実に有益な情報が含まれているはずです。



また、ブルックス、ジョンロブのWAM品が他にあれば出品して欲しいと言うご希望が多数ございました。


誠に有難う御座います。


次回、第二回の出品を行う事に致しましたので、予習のためにも下記のコラムを一読して頂けますと幸いです。






***** 以下【参考資料】『限りなく幻に近い有形価値財コレクション』*****




メディア発達後の購買行動とそれに親和的な経営判断



1000万円を使って、売り上げを1000個増やすというミッションに対して、以下の2つの課題解決方法を想定する。



【方法A】よりクオリティの高い素材の仕入れや、より技術レベルの高い職人の雇用に使う。


【方法B】広告を制作(イメージの作成)し、小売店、雑誌、ブロガー、インスタグラマー、その他にお金を支払ってメディアに掲載してもらう(イメージの拡散)




【方法A】は、モノ自体の価値(有形価値)を上昇させ、【方法B】は、モノ自体ではなくそれを取り巻く価値(無形価値)を上昇させている。


会計的に言えば【方法A】は売上原価(製造原価)を1000万円増やし、【方法B】は販管費を1000万円増やしている。


【方法A】によると、ある消費者1人にもたらす影響の増加分は、1万円(1000万円÷1000個)で固定的である。


これに対し、【方法B】によれば、消費者1人にもたらす影響の増加分は固定的でない。


1万円を大きく下回る可能性もあるし、大きく上回る可能性もある。


後者の場合であれば、消費者の購買を促す力が【方法B】の方が高く、営利目的の経営判断として優れていると言える。


そして、そのどちらになるのかは、社会におけるメディアの発達度合いによる。


つまり【方法A】と【方法B】で、どちらが営利目的の経営判断として優れているかは、メディアの発達具合に依存するのだ。




● メディアが未発達の場合



メディアが未発達であれば、モノを買おうと思えば売り場に直接出向くしかない。


何か良いものはないかと出かけ、売り場で初めてモノと出会う。


つまり、ほとんどバイアスのない状態の人々が売り場に訪れ、数種のものが売り場で平等に見比べられる。


勝負は、売り場で始まるのだ。


また、メディアが未発達であれば、イメージの作成・拡散のプロセスのうちで拡散が困難かつ高コストであるために、いかに良い広告(イメージ)を作っても効果が弱い。


最も注目されるのは売り場にあるモノ自体であるし、その価値を1万円上昇させた方が消費者への影響力が大きい。


よって、メディアが未発達の段階では、【方法A】でモノ自体の価値(有形価値)を上昇させる方が営利目的の経営判断として優位になる。





● メディアが発達した場合



メディアが発達していけば、まずメディアでブランドイメージに触れてから、実際に店でモノと対面することになる。


例えば、インスタグラムのタイムラインで頻繁に流れてきて、あるいは売れている雑誌で何回も紹介されたのを見て、気になってから店へ出かける。


メディアが未発達の段階では勝負が売り場で始まるのに対し、メディアが発達した段階では、勝負がバーチャル空間で始まるのだ。


バーチャル空間で、ある程度の決着がつけられてから、売り場での勝負になる。


売り場に訪れる人々は、まっさらではなく、『××が良い』と刷り込まれバイアスを持っているのだ。


そのバイアスは当然、実物を見て買うか否かを判断することに大きな影響を与える。


しかも、バーチャル→売り場という行動が習慣化している以上、そもそもメディアに登場させなければいくら良いモノでも実物を手に取ってもらえない。




現代ほどにメディアが発達すれば、1万人に瞬時にイメージを届けるのも容易になった。


イメージの拡散の方法が、どんどん多様になり、どんどん低コスト化して、イメージの作成・拡散への投資はどんどんハイコストパフォーマンスになっている。


同じ規模の資金を投入して制作した広告でも、つまりまったく同じものでも、昔より現代の方が、圧倒的に効果が高くなる。


作成されたイメージに対し、拡散力がある種のレバリッジとして働いて、とんでもない影響になるのだ。


このレバリッジを最大限に効かせれば、【方法B】による消費者への影響力が、【方法A】による消費者1人あたり1万円という効果を簡単に大幅に上回る。




勝負はバーチャル空間で始まり、そして売り場に来る人々はバイアスを持っている。


そのバイアスは購買判断に強く影響するし、そもそも良いイメージを与えなければ、売り場に見に来てもらえない。


よって、営利企業ならば、兎にも角にも、イメージを認知させたい。


しかも、そのための拡散コストはどんどん低下しているため、その結果、イメージの作成・拡散への投資効率もどんどん上がっている。

その効率が上がりすぎたために、相対的に、モノ自体のクオリティを上げるための投資は圧倒的に効率が悪くなった。


よって、メディアの発達した社会では【方法B】の、モノ自体の価値(有形価値)ではなくそれを取り巻く価値(無形価値)を上昇させる方が営利目的の経営判断として優位になる。



【方法A】を採用するにしても、昔のように1000万円すべてを製造原価に投じるのではなく、一部だけを投じて、残りの資金でブランドイメージを作成し、拡散する方が良い。


少しクオリティを上げた上で『うちのクラフトマンシップが』『うちの素材が』と広告を作り、雑誌にどんどん掲載させて、それを拡散してもらうのだ。





高級靴のスーパーブランドクオーツ化



メディアが発達するほどに、前節の【方法B】的な経営判断(モノ自体ではなく、イメージの作成・拡散へ、リソースを優先的に投じる判断)が優位になってくるが、これはあらゆる製品に当てはまる。


靴の情報収集のために、インスタグラムをやっておられる方ですと、『やっぱり××(某ブランド)が好き』という特集の某誌の画像が最近頻繁に流れてきたかと思います。


これは流通段階の業者が主導して記事を作らせ、それを各種SNSで拡散してもらうという手法だった。




西欧、アメリカの革靴界においては、今ある1000万円あるいはその一部を、ブランドイメージの作成・拡散に充てようとする意識は古い。


現代の西欧アメリカの高級靴メーカーは、さらに進んだ意識をもっている。


つまり、新たにリソースを作って、それをブランドイメージの作成・拡散に充てようとする意識だ。



では、そのリソースはどうやって作るのか。


革質や仕事のレベルを下げるのだ。


価格はどんどん上昇する一方、イノベーションと無縁どころか、むしろクオリティが下がっている製品は革靴以外に存在しない。


例えば、某英国靴メーカーの製品は、25年前を基準にすると日本での販売価格(名目価格)が300%になったが、25年前の靴は現行品よりも圧倒的に質が高く、靴好きからの評価も高い。


少しでも高級靴の事を調べられた方ですと、ヴィンテージの方が現行品よりも革質・仕事ともに、レベルが数段上で在る事は、常識として受け入れられている事と存じます。




以下は、以前出品したエドワードマイヤーグリンタンのビスポークラインのページからの抜粋です。




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東欧靴とは、オートキュイジーヌに形容できるものである。



これまで何度も東欧靴が如何に優れているのかをご説明させて頂きましたが、今回はまた別の表現でご説明させて頂きたいと思います。



* 仕様はブーツのようで、しかし、上品な雰囲気を保つ。


* 履き心地はスニーカーのようで、しかし、ドレスの雰囲気を保つ。


* 繊細な雰囲気を醸しながら、しかし、しっかりと強い。


* コーディネートのメインになるようなアピール力を出しながら、しかし、目立ちすぎず。



東欧靴というのは、こういった一般に対立する特性(例えば、ドレスとカジュアル)"A" と "B" を一足のなかでいくつもバランスさせていく。


言葉で書き起こすと単純そうに思えますが、こういったバランスを取るのは容易ではなく、現代の西欧靴メーカー、米靴メーカーでは到底実現し得ない。




ところで、オートキュイジーヌというのは複雑な味わいのものばかりだ。


苦さや辛さの後に甘さがあったり、苦さや辛さの中に甘さがあったりする。


対立し合うとも感じられる味同士を一つの料理のなかで調和させ、その美味さを追求する。


それは、ある材料の煮込み加減や焼き加減が少し違っていたら、あるいは、スパイスの使い方が少し違っていたら、生まれ得ないものだ。


最終的にどんな美味さを生むかイメージしながら(ひとつのゴールに向かって)食材選び・調理方法・味付け・盛り付け・提供するタイミング、こういった全てのプロセスを調整し合い、統合させなければならない。


食材が変われば、調理方法も味付けも変わり、調理方法が変われば盛り付け方や提供するタイミングも変わるだろう。


あるプロセスを変えれば他のプロセスが変わるべきだし、それら一つ一つを切り分けることなどできないのです。


よって、真のオートキュイジーヌはマニュアル化できないし、それを作れるシェフは限られた人物だ。


甘さやしょっぱさ一辺倒のジャンクフードであれば、そのレシピは簡単にマニュアル化でき、誰でも作り手になれるが。




西欧やアメリカでは靴職人の技量はどんどん低下する一方で(技量のある職人がどんどん少なくなっている)時間当たりの賃金は上昇している。


これに対処するべく、どんな高級靴メーカーでも、設計やパターンの複雑性を取り除くことによって、作業を単純化&分業化している。


単純化によって、特殊な技能は不要になり、分業化によって、限られた一つの簡単な工程を繰り返せる人材さえいれば良くなるのだ。


大幅なコストダウンにつながる。


現に、英国最高峰のビスポークですら、作業途中の未完成の靴を別の業者に渡し、作業を委託するところまで来ているのだ。


つまり、西欧やアメリカでは、高級靴作りがジャンクフード型生産に寄ってきているのです。



私の靴部屋では、あらゆるモデルが、時代ごとに変化してきているのを確認できる。


西欧やアメリカの靴は、同じモデルでも、80年代、90年代、00年代前半、00年代後半、10年代前半、10年代後半、いつ作られたものかで大きく異なる。


ラスト設計もパターンも、複雑性を失い、どんどんシンプルでわかりやすいものになってきているのがハッキリわかるのです。


ドレスならドレス、カジュアルならカジュアルに、といった具合にだ。


西欧靴、アメリカ靴においても、かつては "A" と "B" が一足のなかでバランスしていたものだが、いまの西欧靴アメリカ靴は "A"ならば "A" なのだ。


つまり、その生産形態と同じく、成果物も甘さやしょっぱさ一辺倒のジャンクフード的なものになっていっている。




それに対して、東欧靴というのは、その生産形態も成果物も、一貫してオートキュイジーヌ的だ。


極少数の職人が、靴作りの素材選びから完成に至るまでを、ひとつのゴールに向かって、調整し合い統合する。


そのために、対立し合う味同士をひとつの皿のなかで調和させる高級料理のように、一般に対立する特性(例えば、ドレスとカジュアル)"A" と "B" が一足のなかでいくつもバランスした靴が作れる。


最近ではコアな靴好きが東欧靴に注目していますが、現代の西欧靴アメリカ靴との対比で、東欧靴が一層輝いて見えるのです。


日本でも感度の高い方々は、既に東欧靴に目を向けていらっしゃることでしょう。





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モノ自体の品質を下げ、その分で作ったリソースを、ブランドイメージの作成・拡散に充てる経営判断には、当然懸念もある。


売り場で見てもらう以前に、如何に素晴らしいイメージを持っていても、実際に目にしてクオリティが低いと感じられれば、買ってもらえないかもしれないのだ。


しかし、それでも西欧靴界、アメリカ靴界は、その経営判断を選択せざるを得ない。


上の抜粋部分でも述べたように、西欧やアメリカでは、技量のある職人の減少と賃金の高騰に直面しており、その傾向は将来も益々強くなると考えられた。


すると、いずれにせよ、製品のクオリティは維持できない。


賃金増を価格転嫁で補っても、そもそも技量のある職人が減るならば、クオリティは低下していく。


古い靴に現行品は品質面で劣ると言われるが、それは今後もっともっと顕著になる。


それならば、高度な技量を不要にすべく可能な限り作業の単純化&分業化を進めておいて、製造原価へのリソースを削減し、その分をブランドイメージの作成・拡散に充てて、クオリティが低くても買って貰える状態にしておくほかない。




いわゆるスーパーブランドのクオーツは、中身が2000円の時計と同じにもかかわらず、5万円10万円で売られている。


製造原価は徹底的に抑えられ、その代わりに文字盤に記載されるブランドのイメージの作成・拡散にリソースが注ぎ込まれている。


こういったクオーツは、クオリティが低いがブランドイメージで高く評価され、その結果、高価格で売れる製品になる。


ジャンクフード的に作られ、ジャンクフード的な製品だが、それでも高価格で売れるのだ。




これはクオリティが低くても買って貰える状態を作っている好例であるが、西欧アメリカの高級靴界もそれを目指さなければならない時代になったのである。


そして、現代なら、それが目指せる。


前節の通り、ブランドイメージの作成・拡散へリソースを投じる際の投資効率が各段に高くなったためだ。


この時代なら、スーパーブランドが昔よりも容易に作れるし、300%になった販売価格も、それがスーパーブランドであることの裏付けになる。




英国靴メーカーがラグジュアリー仕様のラストを採用し、高額のテナント料を価格に上乗せして一等地に旗艦店を増やし、タンナー、靴メーカー、流通業者、メディアが一体となって、コードバンをある種のブランドにしようとしている。


こういったことはすべて、"革靴のス―パーブランドクオーツ化" の流れのなかにある。



リアルタイムで70年代80年代の革靴を見てきた方には、『クオリティは半分以下になったのに、価格は3倍になっているなんてあり得ない』と仰る方が非常に多いですが、それを可能にすべく、営利企業が日々努力しているのですから当然の結果なのです。


私も含めて多くの人は趣味で革靴に関わっていますが、革靴メーカー、革靴ブランド、小売店、雑誌社は、日々闘っているのです。


現代において利益を上昇させるためには、かつての高級靴と比較して大きく劣るものでも、強いブランドイメージによって、それが最高級品なのだと思い込ませる必要があるのです。


中身は安価な腕時計と変わらないスーパーブランドのクオーツのように。





すべての靴好きが、靴で本当に幸せになれるように。限りなく幻に近い有形価値財コレクション。



ス―パーブランドクオーツ化とは、すなわち有形価値財(そのものの機能であったり品質で勝負する製品)が無形価値財(機能・品質ではなく製品に付与されるブランドイメージ等で勝負する製品)に移行することである。


有形価値財も無形価値財も、どちらが善でどちらが悪というわけではない。


ただ、前者の方が強く惹かれる方もおり、私もその一人だ。


そして、これまで無形価値財を求めてきた方でも、私のコラムを読んで何らかの感情(特にマイナスの感情)が湧くとすれば、本来の貴方様は、われわれと同じ有形価値愛好家です。


何らかの感情が湧くということは、これまで無形価値財として買ってきた靴から100%の満足感が得られていないということを意味するからです。


ご自身の気づかないところ、心の片隅で、いま手元にあるもの、あるいはご自身の購買行動や趣向に僅かでも疑問があるのです。


それを解消せずに消費活動を継続するのは、後に強く後悔することになる。


私はそんな方を僅かでも減らしたい。


すべての靴好きが、靴で本当に幸せになれる世界にしたいのです。




メディアが未発達だった時代、それは人々が持つバイアスが現代に比べて格段に弱かった時代であり、勝負が売り場で始まっていた時代で、売り場に置かれた製品そのもので良し悪しが判断された時代だ。


そんな時代には、無形価値に繋がるイメージの作成・拡散への投資ではなく、有形価値に繋がる良質な材料や高い技量を持つ職人の雇用のための投資が重視されていたのは既に述べた通りだ。


イメージでは買って貰えないし、バイアスを植え付けることもできなかった。


消費者は、売り場で品質を確かめる審美眼が発達しており、売り場から品質の悪いものが淘汰された。


そのために、企業は、製品そのものの品質つまり有形価値で勝負するしかなかった。



よって、その時代の英国高級靴は確かに有形価値財であり、前節の抜粋部分で言うところのオートキュイジーヌ型生産で作られる製品だった。



単に古いからだけでなく、西欧アメリカの高級靴がどんどんスーパーブランドクオーツ化(無形価値財化)するからこそ、そういったかつての英国高級靴はどんどん希少な存在になっていく。


そのなかで、美を保っているものであれば、限りなく幻に近い。



当然、この『美を保っている』とは、表面的に汚れていない、あまり履かれていないといったことではなく、革内部の状態が健康であることを意味する。


靴は、表面がキラキラしていても、まったくの新品に見えても、革内部がボロボロなことが往々にしてある。


表面がキラキラしているために、健康なのだと考えられ、それがある種の思考停止になってケアが不十分になり、内部がボロボロになっていることがあまりに多い。


表面がキラキラしているかどうかとは全く関係なく、革内部の状態が健康である靴が『美を保っている』と言えるのだ。


つまり、新品段階で、真のプレメンテナンスを施され、その後も鞣しプロセスを繰り返されてきた靴が『美を保っている』と言えるのだ。


『真のプレメンテナンス』については、同時出品中の別の靴のページで論じております。



しかし、そんな古靴は、日本の市場にはほとんどない。


色んなオーナーにたらい回しにされていれば、革内部が大変な事になっていてもおかしくない。


日本の革靴界で、革内部の健康に関する議論はほとんどされておらず、誰も真のメンテナンスができていないからだ。




有形価値財で在ったかつての英国高級靴。


それでいて、真の意味で、美を保っているもの。


つまり、限りなく幻に近い有形価値財コレクション。




無形価値愛好家にとっては、これからの靴界は楽園だろう。


靴で幸せになるのは容易である。


しかし、そうでないものにとっては、厳しい世界になる。



有形価値愛好家の靴好き。


これまでは無形価値愛好家だったが、集めてきた靴から100%の満足を得られていない靴好き。


そんな方々が本当に満足できる靴で、真に『美を保っている』ものは幻に近くなった。


このままだと、本当に幻になってしまう。



だからこそ、誰かが語り、実際に世に送り出さねばならない。


すべての靴好きが、靴で本当に幸せになれるように。






WAMのセレクト、100%の幸せに向かって。




かつて革靴メーカー(クロケット、グリーン、チャーチ等)が自社ネームを出さず、注文靴店や他メーカーの製品を頻繁に作っていた頃には、WAM品というものが存在した。


しかし、近年ではWAM品が存在しないため、それに従って『WAM』という言葉もあまり使われなくなった。


そのため、靴好きになって日の浅い方ですと、WAMという言葉を聞いたことがないと思います。


ですので、WAMについて最初に説明いたします。



WAM(Warranted and MTO)品とは、OEM品や別注品の中にある製品概念である。


この3つの製品概念は、ある事業者A(例えば小売店やブランド、メーカー)が、別の事業者B(メーカー)に生産してもらったものを、Aのネームで販売する製品を指す点で共通します。



WAM品の生産では、AがBに製品の企画を与え、Bがそれを生産する。


この企画は、単にデザインを指定するものではなく、素材選びから、生産方式、梱包方法などに渡って指図するものである。


企画がここまでの範囲に渡るとき、BはAにとってのサプライヤーというよりは、Aの中にある1つの生産部門として機能する。


Aが一時的にBを垂直統合しているイメージです。


そのため、最終完成品の全責任はAにあり、Aによる品質保証がなされます。



これに対して、OEM品には、BがBのネームでも販売している製品に、そのままAのネームを着けるケースも含みます。


軽自動車では、このケースが頻繁に見られます。


例えば、トヨタのピクシスは、ダイハツのウエイクを、ほぼネームを付け替えただけです。



別注品は、AがBに企画を与えてBが生産する点で、WAM品と共通します。


ただし、別注品の生産においてAがBに与える企画は、単にデザインを指定するだけに留まる。


つまり、AがBに与える企画が指図する範囲が、WAM品に比べて著しく狭い。


別注品もWAM品と同様、Bが通常作っていないものをAに納入して、Aのネームで売ることになる。


しかし、その製品は、Bが通常作っている製品と素材や製法などは全く同じである。


当然、BはAに垂直統合されるわけではなく、Aにとってのサプライヤーに留まる。




つまり、WAM品の製品概念は、OEM品や別注品の製品概念よりも狭い。


WAM品は、OEM品であり、別注品でもある。


しかし、Bが普段作っていないものを新たに作らせる製品に限る点で、OEM品の製品概念よりも狭い。


また、AがBに与える企画が指図する範囲が広く、あたかも一時的にBを垂直統合している状態で生産される点で、別注品の製品概念よりも狭い。



WAM品を企画できる事業者Aは、当然、強いパワーを持っており、事業者Bに対して強いイニシアチブを発揮する。


そういった状況で生産される以上、WAM品は、B内部にあるリソースに加えて、A内部にあるリソース(企画、生産、品質管理、検品などにおける、一連の技術、ノウハウなど)を多分に含むことになる。


その結果、Bが自社のネームで普段作っているもの(OEMで作っているものも含む)や、別注品とは一線を画す製品になる。


如何に『一線を画す』のか、それは幾つもありますが、今回はそのうちの2点を説明致します。


この2点により、今回はWAM品のみを厳選したいと考えました。




【補足】


靴界でも、WAM品、OEM品、別注品という言葉が使われます。

それらはある事業者A(例えば小売店やブランド、メーカー)が、別の事業者B(メーカー)に生産してもらったものを、Aのネームで販売する製品を指す点で共通する。

そのために、この3つの言葉が、はっきりと区別して用いられることは稀です。

しかし、これらを区別して議論しないと、製品の質の見極めにも影響します。ですので、私も含めて皆が区別して用いるようになればと思っています。





● より一層高い有形価値



有形価値財コレクションとして、今回厳選したものは、すべてWAM品である。


WAMによって、メーカーに発注した事業者のブランドが付与されるわけであるから、靴には追加的に無形価値が乗り、『有形価値財コレクション』として相応しくないのではと感じるかもしれない。



無形価値財、有形価値財という二項対立で考えると、われわれ有形価値愛好家にとって、ブランドという典型的な無形価値は良くないものであるとの印象を持ちやすい。


ともすれば、無形価値が高い製品は有形価値が低いという印象、一方の価値が上昇すれば他方の価値が下降するといった印象さえ持つかもしれない。


現代では、スーパーブランドのクオーツのように、圧倒的に低い有形価値を強力な無形価値で填補して、高額商品として成立させることが多いため、そういった印象を持ちやすいのだ。



元々、ブランドは、有形価値の不足を補うためのものではなく、一定の品質(有形価値)を担保するものとして、製品に付与されたものだ。


かつては『メディアが未発達だった時代、それは人々が持つバイアスが現代に比べて格段に弱かった時代であり、勝負が売り場で始まっていた時代で、売り場に置かれた製品そのもので良し悪しが判断された時代』だった。


そこでは、ブランドが、人々を動かすものではなく、既に売り場にやってきて製品の品質を確かめている人々に対し、保証を与えるものとして機能していた。


やがて、その保証自体が価値を帯びたが、それが無形価値である。


かつては、先に有形価値があり、そのあとに無形価値が続いていたのだ。


よって、モノ自体の品質が高いもの(有形価値の高いもの)が、無形価値も高くなっていった。


反対に、品質が低いもの(有形価値の低いもの)は、保証すべきものが何もない以上、わざわざブランドをつけるということがなかった。


そのために、有形価値が低いものには、無形価値を持つ余地がなかった。



しかし、やがては、評価されているブランドだから品質が高いと信じられるようになり、品質とは無関係にブランドだけが求められるという段階にまで発展した。


『有形価値が高いから、その証として、無形価値も高くなる』これが第一段階である。


『無形価値が高いから、有形価値も高いと信じられる』これが第二段階である。


『無形価値が高ければ、有形価値はどうでもいいとさえ考えられる』これが第三段階なのです。


メディアの発達に従って、人々にイメージを刷り込むことが可能になると、やがてブランド(無形価値)で有形価値の不足が補えるようになって、このような変遷が加速した。


あらゆる製品が、第二段階、第三段階にある現代であれば、有形価値と無形価値は二項対立的に分離し、互いに相反する(無形価値が高ければ有形価値が低くなる)場合もある。


例えば、同じ20万円のものでも、一方は無形価値が高いから高額で、他方は有形価値が高いから高額、といったことが起こる。


有形価値が低いのに、無形価値は高いという、スーパーブランドクオーツ的な製品が増えた。


消費者が500円で買えるTシャツにロゴを入れれば、数万円でも完売する。



かつての時代では、有形価値のあとに無形価値が続き、有形価値の保証としてブランドが機能していた。


この時代においては、メーカー通常品よりも品質が高いことを保証するように、WAMでより強いブランドが付与されていた。


現代のように、強いブランドを付けて、有形価値の不足を填補することや、無形価値分のプレミアムを価格に上乗せすることはありえなかった。


より高い品質だから、より強いブランドを付けて保証する。


それが、かつて存在していたWAM品の在り方だったのです。



生産側の靴メーカーがWAM品を売る際の取引相手は、一般消費者ではなく、事業者である。


かつての一般消費者は、現代のように強いバイアスを植え付けられておらず、イメージに頼らずに、売り場で製品自体の品質を見抜く力が高かった。


その時代の事業者というのは、そんな目の肥えた一般消費者を唸らせるべく日々鍛錬しており、当然彼らよりも、そして現代の事業者よりも、一層目が肥えていた。


そんな主体が、メーカーオリジナル品を上回る有形価値があるのか、より強いブランドで保証するに相応しいだけのより高い有形価値があるのか、厳正に判別したのです。


つまり、WAM品は、ただでさえ有形価値の高いメーカー製品が、一層その有形価値を高めたものだったのです。





● コーディネート制約の緩和とアピール力の向上



英国のコンサバティブドレスというのは、パンツと靴を一体的に見えるようにして、脚長を長く見せることを目指す。


人間の脚というのは、膝から下へ内側へ曲がっている。


その脚の形状と靴を一体化させるには、靴の形状も内振り(中心軸から内側に入り込む)にする必要がある。


そのために、典型的英国靴というのは、ラストが内振りなのだ。


そして、一般に、ラストが内振りであるほど靴が持つドレッシーな印象が増すと言われる。


内振りラストがコンサバティブドレスとの強親和を目指して生まれたものであるから当然である。


改めて言うまでもないが、ドレス感が強すぎると、カジュアルとの親和性を欠き、合わせられるコーディネートの範囲が狭くなる。



また、パンツと靴との一体化を目指し、典型的な英国靴は、ボリュームを抑えてこじんまりとした印象になっている。


すると、靴がアピール力を欠き、せっかく良い靴を履いていても、誰からも注目されないという事態になりかねない。


【補足】『典型的英国靴』の例は、エドワードグリーン202ラストを採用した靴です。




WAMによって、あるメーカーに別事業者のDNAが加わるとき、その靴は所謂クロシングシューズになり得る。


メーカーの持つDNAに、別のDNAが、あたかも異種交配(クロシング)的に絡むことで、メーカーオリジナル品が持ちえない性質を持った靴が生まれることがある。


アーサー・ケストラーの言うバイソシエーション的だとも言える。


垂直統合的に結びつくことで、発注側のリソースと受注側のリソースが統一されるために、こういったことが起こる。



これが、上述の典型的英国靴が持つ2つの問題の解決に繋がることがある。


即ち、典型的英国靴を作るメーカーに、例えばアメリカンスタイル、フレンチスタイルのリソースを有するWAM発注事業者が関わるとき、その典型的な性質が緩和されることがあるのだ。


程よくカジュアル感を加えることでコーディネートの範囲が広くなり、程よくアピール力を加えることで人々の目に留まりやすくなる。




* 仕様はブーツのようで、しかし、上品な雰囲気を保つ。


* 履き心地はスニーカーのようで、しかし、ドレスの雰囲気を保つ。


* 繊細な雰囲気を醸しながら、しかし、しっかりと強い。


* コーディネートのメインになるようなアピール力を出しながら、しかし、目立ちすぎず。




第2節で、東欧靴は以上のように、対立する特性(例えば、ドレスとカジュアル)"A" と "B" を一足のなかでいくつもバランスさせると述べた。


かつて英国靴メーカーも、オートキュイジーヌ型生産を維持していたため、同様の靴を作るだけの実力を秘めていた。


しかし、典型的英国靴というコンサバティブドレスに寄せた靴を作っている限りでは、その実力は100%顕在化しない。


そこで、アメリカンスタイル、フレンチスタイルを源流とするWAM発注事業者から、例えば、ドレス - カジュアル度合いのバランス、アピール度合いのバランス、2つのバランスに優れた靴の企画を受ける。


前述の通り、その企画は、単にデザインを指図するものではなく、デザインから素材、生産方式から梱包に至るまでを指図したものだ。


その時、かつての英国靴メーカーが秘めていた真の実力が100%顕在化した。


英国靴メーカーからも、極少数の職人が、靴作りの素材選びから完成に至るまでを、ひとつのゴールに向かって、調整し合い統合するという形で、複雑性を持った靴が生まれた。


東欧靴のような、ドレス靴で在りながらカジュアルスタイルにもマッチするような靴、アピールしながらも品を守る靴が生まれたのだ。


『コーディネート制約の緩和とアピール力の向上』の論点については、同時出品中のマイヤーのページで詳しく記述しておりますので、そちらをご覧頂ければと存じます。




有形価値が高かったかつての英国靴。


それよりも一層高い有形価値を保証されたのが、かつて存在したWAM品である。


しかし、いかに有形価値が高くても、履ける場面が少なかったり、人々の目に留まらないのであれば、有形価値愛好家の100%の満足には到達できないかもしれない。


つまり、『コーディネート制約の緩和とアピール力の向上』が必要なのです。


それを実現できるのが、WAM品である。


以上二つの点で、WAM品をセレクト致しました。


すべての靴好きが、靴で本当に、100%幸せになるために。





保証主体・企画主体としての、ブルックス、ジョンロブ。




● 保証主体の視点



某スーパーブランドは、元々、自社製品の有形価値(素材・仕事のレヴエル)を保証するために、製品にモノグラムの模様を入れた。


いつからから、そのモノグラムだけが有形価値から遊離して、現代では500円で手に入るようなTシャツにそれがプリントされて、数万円で取引される。


このように、ブランドは、当初は有形価値の保証主体として成立し、やがては無形価値を売る主体へと変化する。


ブランドイメージの拡散が容易かつ低コストになったため、現代ではこの変化がより早く実現する。


当初から、無形価値を売る主体として誕生するものさえ在る。


そして、大衆に認知されている大半のブランドが、無形価値を売る主体となった。


ゴム引きコートの "保証" を行っていた主体が、いまは日本企業にラベルを売っている。




しかし、90年代までは、保証主体として存続しているブランドもあった。


靴界でいえば、ブルックス、ジョンロブがそれに該当した。


そして、ブルックスやジョンロブに "保証" を受けるべく、各メーカーが必死に品質の高いものを納入しようとしていた。


ブルックスに対しては、主に、チャーチ、グリーン、クロケット。


ジョンロブに対しては、主に、パラブーツ、エシュン、アードリジといったフランス勢に加えて、ボノーラ、そしてグリーン、クロケット。



こういった対ブランドへの努力は、オリジナルブランドを前面に出し、自身が無形価値を売る主体になるべく頑張っている靴メーカーの現況からは、イメージできないかもしれません。


特に、対ブルックスへの努力については、ブルックスの力が非常に弱くなったため、イメージが湧かないかもしれない。



かつてはブルックスに行けば、品質の高いものが揃っていた。


それは勿論、『ブルックスだから良い』というわけではない。


昔は、どこに何が売っているかを知ることにさえ苦労したわけで、品質の高いものをまとめて取り扱ってくれているお店というのが実に重宝された。


いわば "有形価値財の集合体" が重宝された。


その場所として、ブルックスが機能していたのです。


その機能が圧倒的に高かったからこそ、WAMの企画者側になって、靴メーカーにイニシアチブを発揮できたのです。


WAM企画の秀逸さ、その実行レヴエルの高さ故に、『どこの靴が好きですか』という質問に対して『ブルックスです』と答える靴好きも非常に多かった。



ジョンロブにしたって同じことです。


いまでこそ、お金持ちが『とりあえず高いの頂戴!』とやって来る場所になりましたが、昔はブルックスと同じように、フランス勢やクロケットによる "有形価値財の集合体" だったのです。


私と同年代あるいはもう少しお若い方、古参のファッション好きや靴好きであれば、『その通りだ。ああ、懐かしい』とブルックスやジョンロブでの思い出に耽っていることでしょう。


かつては、ブルックスやジョンロブによる "保証" を目指して、各メーカーがオリジナルブランドを超える、一層ハイレヴエルな有形価値財を作ることに必死だったのです。


彼らのWAM品質管理に必死にくらいついてきたのです。





● 企画主体の視点



いまでこそ、ライフスタイル提案という言葉がアパレル界で定着したが、それは元々ブルックスで実現していた。


ブルックスは、例えばドレスフォーマル、例えばカジュアルといった、特定の分野にフォーカスして、製品を取り揃えない。


ブルックスに置かれたもので、オールシチュエーション対応できるように、有形価値財を集合させた。



また、アメリカ靴は、典型的英国靴とは対照的にラストが内振りにならず、そのためにカジュアルとの親和性は相対的に高くなる。


そして、同時出品中のマイヤーのページでは、アメリカ靴は強いアピール力を持つと述べた。


当然、ブルックスに置かれる靴は、こういったアメリカ靴の思想を含むものだ。



以上の、ブルックスらしいオールシチュエーション対応思想と、こういったアメリカ靴の思想。


それらが、コンサバティブドレスといった特定の分野にフォーカスする典型的英国靴メーカーのDNAにクロシングし、バイソシエーションが実現する。


ブルックスと革靴メーカーは、伝統的な英国高級靴のスタイルを守りながらも、アメリカ靴のカジュアルとの親和性・アピール力を取り入れ、ブルックスの思想に相応しいオールシチュエーション対応(ライフスタイルの全ての場面を一足で対応すること)を目指した。


それを目指して、実際に実現させるだけの実力が、当時の英国靴メーカーに秘められていたことは既に述べた通りだ。




他方、かつてのジョンロブは、登山靴やアウトドア靴を源流とするフランス勢(エシュン、パラブーツ、アードリジ)の製品を、ドレスに昇華した。


日頃のドレスフォーマルで高級靴を愛用している者でも満足できるカジュアル靴を目指してのことだ。


つまり、ジョンロブに置かれた靴で、オールシチュエーション過ごしてもらおうというわけだ。


アメリカン、フレンチでアプローチは違えど、ブルックスと同様の思想があったのだ。


今回出品しているバロスはクロケット製であるが、それは、『フレンチカジュアルのドレス昇華』の一環として生まれたものである。


つまり、フレンチカジュアルの思想を汲んだ企画を、WANでクロケットに提示したのである。


その結果、ブルックスネームの英国靴と同様に、コンサバティブドレスに寄せた典型的英国靴ではなく、オールシチュエーション対応(ライフスタイルの全ての場面を一足で対応すること)が可能な靴になった。




保証主体・企画主体としての、ブルックス、ジョンロブは、実に優れていた。


強い "有形価値財の集合体" として機能していた。


その機能の高さ故、メーカー達は、よりハイレヴエルな有形価値財を彼らに提示してきた。


また彼らとメーカーが一体になって、オールシチュエーション対応思想、アメリカン・フレンチシューズの思想を、典型的英国靴に、クロシング、バイソシエ―ションさせた。


これらの結果、ブルックス・ジョンロブネームのヴィンテージ英国靴は、幅広いコーディネートで履ける有形価値財高級靴、人々の目に留まる有形価値財高級靴となった。


ブルックス・ジョンロブのWAM品は、WAM品が『一線を画す』と言える2つの点を最も強く感じられる靴なのである。


ブルックス・ジョンロブによるOEM品や別注品も評価が高いが、それよりもWAM品の評価が数段高くなるのも納得できる。





われわれの世界は、まだ終わらない。



本来は、ブランドとは有形価値を保証するものだった。


やがて、保証があれば有形価値も高いと信じられるようになった。


そのため、いつからか、保証自体に価値が認められるようになり、それが無形価値である。


最終的には、無形価値があれば、有形価値はなくてもいいという製品まで生まれた。


スーパーブランドのクオ―ツや、モノグラムをプリントしたTシャツが、その例である。


この段階であれば、有形価値の不足は、無形価値で補える。


それほど品質が高くなくても、高額商品、高級品として成立させられる。



また、メディアの発達とともに、容易に、そして効率的に、ブランドイメージを作成・拡散することができるようになった。


つまり、容易に、そして効率的に無形価値が創造できるようになった。



上述のとおり、現代では、無形価値と有形価値は分離し、無形価値で有形価値はある程度補える。


しかも、無形価値への投資のほうが有形価値への投資よりも効率が良くなった。


それならば、無形価値への投資のほうが、営利目的の経営判断として優位だ。



有形価値への投資効率は固定的だが、無形価値への投資効率は一層高まっていくために、以上の傾向は強くなり、加速していくだろう。


よって、あらゆる製品がスーパーブランドクオーツ化する。


当然、高級靴も同じである。


技量の高い職人の減少、賃金の上昇に対応するには、そうせざるを得ない。



売値(名目価格)は300%になったのに、ヴィンテージ靴の方が、現行品よりも品質が優れているのは周知の事実だ。


これからの英国靴はもっと高額になり、もっと品質が下がる。


無形価値が増大し、有形価値が低下する。


高級靴も、スーパーブランドクオーツ化する。





私は、すべての靴好きが、靴で幸せになれる世界にしたい。


無形価値愛好家の靴好きも、有形価値愛好家の靴好きも。


そして、これまで無形価値愛好家だったが、手元に集めた靴を見て100%の満足が得られない、潜在的な有形価値愛好家も。


私のコラムをご覧になって、これまでの自身の購買行動やモノに対する考え方に、少しでも疑問を覚えた潜在的な有形価値愛好家も。



この先、無形価値愛好家が幸せになるのは簡単です。


しかし、有形価値愛好家、潜在的な有形価値愛好家にとっては厳しい世界になる。


だからいま、だれかが、語り、何かを世に送り出す必要がある。


私は、有形価値愛好家として愛でてきた逸品を、どうしても送り出さねばならない。





有形価値財創造者であったかつての英国靴メーカーと、有形価値財保証主体であったブルックス・ジョンロブによる傑作WAM。


それは、ただでさえ有形価値の高かったかつての高級靴が、一層その有形価値を高めたものだった。


しかも、ブルックス・ジョンロブは、優れた企画主体でもあった。


それゆえに、彼らがイニシアチブを発揮して、かつての英国靴メーカーが作る高級靴は、単に有形価値が高いだけに留まらなかった。


東欧靴と同じように、幅広いシチュエーションに対応で(ドレス‐カジュアルの度合いが適切で)上品でありながらも人々の注目を集められる(アピールバランスが適切である)靴が実現した。


かつての英国高級靴が秘めていた実力が100%顕在化したからこそ、その実現は可能だった。


つまり、オートキュイジーヌ型生産=『極少数の職人が、靴作りの素材選びから完成に至るまでを、ひとつのゴールに向かって、調整し合い統合する』といったやり方を守っていたからこそ、その実現は可能だった。



そんな靴に、私が、数十年間、愛を注いできた。


有形価値愛好家として。


それゆえに、真の意味で、美を保っている。



限りなく幻に近い有形価値財コレクション。


それは確かに、ここに存在する。


それを、幻にしないために。


有形価値愛好家の世界、われわれの世界は、まだ終わらない。





***** 以上【参考資料】*****





■ サイズ



UK7


日本で手に入るラストでしたら、UK6.5相当からUK8相当まではほぼ所有しております。


ですので、普段お履きの靴のサイズを質問よりご教示いただければ、可能な限りアドバイスいたします。





■ コンディション



着用20分程度の極美品。


当然、特筆すべきダメージは御座いません。


なお、ディンケラッカーのページで述べている網状層プレメンテナンスを行っています。





■ 中古靴を長く履くために



中古靴も、新品の靴をおろした時と同じく、週に2回20分程度の履き慣らしを2か月から3か月、もし可能であれば4か月ほど行ってから、本格的に履いて頂くのがベストであると思われます。


これによって、これから履ける期間が格段に長くなります。


これは、私の出品靴に関わらず、すべての中古靴を買った際にも活きる方法と思いますので、参考にして頂ければと思います。




■ 他のアカウントに関しまして



海外・日本からオークションページにアクセスする関係で、頻繁にセキュリティ問題に引っ掛かります。


そのたびにロックがかかるため、アカウントを複数用意しています。


復活できないと思っていたものが復活したことによって、かなりアカウントが増える事態となりました。


混乱を招いてしまい、大変申し訳ございません。


現在はローテーションして、すべてのアカウントで満遍なく出品を行っています。


機能しているものは、下記のものになりますので、フォローしていただけますと幸いです。


【necocatauc】【hh333yh】【pmpmyj】【c7ver00】





■ ご注意事項



・革製品ですので、文章や画像で表現しきれない皺、傷やざらつき等はあります。しかしながら、致命的なダメージは絶対に記載致しますのでご安心頂ければと存じます。


・出品にあたっては目視での検品の他、30分から60分のテスト歩行を行います。『致命的なダメージ』とは、このテスト歩行で発見できるものを指します。


・私の靴に限らず、古靴で接着層がある場合、経年で接着剤の力が弱くなっているケースがあります。


・黒以外の靴ですと、ご覧になる環境で色の表現が微妙に異なる点をご了承ください。


・どんな些細な事でも気になること(特に状態とサイズ、色につきまして)はご質問下さい。誠心誠意対応いたします。


・特段の記載がなければ、靴本体以外の付属品はありません。付属品がある場合は記載いたします。


・ご質問者様、ご入札者様、すべて靴を通じて知り合った大切な友人でもあると考えております。そのため、人的な対応を心がけています。しかし、若い方はお忙しいかと存じますので、お気になさらずに宜しくお願いいたします。





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