This auction has ended.

◆真作 掛軸 田能村直入 鮫龍鱗甲図 紙本水墨淡彩 大幅 明治36年 田近竹邨題簽 平尾竹霞・田中柏陰箱書 田能村竹田門弟 絵画 日本画 花鳥

Item Explanation

[ Translate ]
xvpbvx

 

 

 

 

 

 

 


◆真筆 掛軸 田能村直入 鮫龍鱗甲図 紙本水墨淡彩 大幅 明治36年(1903)田近竹邨題簽 平尾竹霞・田中柏陰箱書 田能村竹田門弟 絵画 日本画 花鳥

商品詳細 《寸法》
本紙巾88.4×竪159.8㎝ 総丈巾100.4×竪229㎝

《略伝》
田能村直入 1814年~1907年(文化11~明治40)
幕末・明治の南画家。岡藩大分竹田生。字は顧絶、初め小虎と号し、のち直入と称する。九才で田能村竹田に入門、その才能を認められ養嗣子となる。京都府立画学校設立に参画し初代校長に就任。日本南画協会を設立するなど南画壇の向上に尽力した。

田近竹邨 1864年~1922年(元治1~大正11)
明治~大正時代の南画家。豊後生。名は岩彦、別号に一楽荘・白砂園・碧玲瓏居。国学者田近陽一郎の次男。
はじめ郷里で淵野桂僊に学び、のち京都に出て、京都府画学校で田能村直入に師事。明治41年(1908)第2回文展から大正3年(1914)第8回展まで5回連続入選を果たす。
直入らの呼び掛けで設立された日本南画協会の幹事をつとめ、さらに大正10年(1921)には池田桂仙・山田介堂・小室翠雲・河野秋邨らと日本南画院を創立、後進画家の育成に尽力した。池田桂仙、山田介堂とともに京都南画界の三元老と称される。

平尾竹霞 1856年~1939年(安政3~昭和14)
明治~昭和初期の南画家。丹波篠山生。篠山藩藩鎌の王地山焼陶画士・平尾惣左衛門の長男。 名は織之助。
幼少の頃から漢書を学んだ後、16歳で京都に出て円山四条派の塩川文麟に師事。 文麟没後は田能村直入に師事し南画を学ぶ。
直入とともに岡山や島根などをめぐり絵画の技術を磨き、また明治13年(1880)に直入が設立した 京都府画学校(現京都市立芸術大学)の講師として明治21年(1888)まで教壇に立ち、明治29年(1896)には 直入とともに日本南画協会の設立に尽力。晩年は京都の三条に高風閣という茶屋を建て文人墨客と広く交わり、南画の普及と発展に尽力した。

田中柏陰 1866年~1934年(慶応2~昭和9)
明治~昭和初期の日本画家。静岡県生。元姓中川、通称啓三郎、字を叔明。別号に静麓・弧立・柏舎主人・空相居士。
17歳で京都に出て田能村直入に南画を学び、竹田・直入の画風を継ぐ青緑山水を能くした。また直入が開いた私塾南宗画学校で指導に当たる。33歳で妻の実家のある山口県防府市右田の田中家へ養子として入り、画塾・画禅堂を開き多くの弟子を教授した。のちに関西南画壇の重鎮として活躍。また竹田系統鑑定家の第一人者としても知られる。

《備考》
本紙にイタミ・シミ・折れ、表具に折れ、箱割れがあります。ご理解の上ご入札をお願い致します。

支払詳細 ・お支払は規約によりYahoo!かんたん決済のみとなりました。

・オークション終了後、取引ナビが届きましたら、一週間以内にご連絡・ご入金をお願い致します。
これらの期日を守って頂けない場合は、キャンセル扱いとさせて頂きます。

発送詳細 ・お支払い確認後、商品を発送させて頂きます。(日曜・祝日はご連絡・ご入金の確認ができない場合がございます。)

・発送方法はヤマト運輸着払いのみとさせて頂いております

注意事項 ・当方、画風・書風・落款等に基づき、真作と思われる作品を厳選して出品しておりますがあくまで個人的見解です。ご入札はご自身の判断にて行って頂きますようお願い致します。

・いたずら入札等当方が悪質と判断した場合、また悪い評価が10件以上ある方及び評価新規の方がご入札された場合、当方の判断によりご入札を取り消させて頂くことがございます。

・オークション当日のご質問にはお答えすることができない場合がございますので、ご質問はなるべく前日までにお願い致します。

・領収書の発行は行っておりません。

・折れ・シミ・イタミ・虫食い等、作品の状態は画像にてご確認下さい。

・特段記載のない限り、作品は全て肉筆です。

・フラッシュ等により写真の色合いが実物と若干異なる場合がございます。


上記の事項に納得して頂ける方のみご入札をお願い致します。

+ + + この商品説明は オークションプレートメーカー2 で作成しました  + + +
No.207.001.001

Popularity Ranking for this Category